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山形市内など内陸地方から月山を越え庄内に至る峠越えの道は、古来より幾多の変遷を経て今日の月山道路に至った。その原点とも言うべき六十里越街道の歴史を知る事は、人々が道路とどのように関わって来たかを知る事であり、古来より多くの人々が色々な思いを込めて通ったであろうその思いを、六十里越街道沿いに点在する史跡からも偲ぶ事が出来る。何mも積もる雪の中、激しく降る豪雪の中、熊や狼など猛獣に怯え命がけで塩や海産物を馬や肩に背負い運んだのであろうか、また信仰のため湯殿山に参拝したのであろうか。その六十里越街道が今日、最先端の土木技術を駆使しハイテクによる情報施設を完備した道路に整備され、現在では峠をわずか三十分で越えることが出来るとは、六十里越街道を歩いて越えた人々には想像もできなかったに違いない。
この小誌は六十里越街道の歴史を振り返り、道路交通の進展と人間社会の発展と関わりを感じさせてくれるものと思う。 最後にこの小誌を発刊するにあたり、ご指導、ご協力頂いた多くの皆様方に深く感謝し紙上を借りてここに厚く御礼申し上げ発刊の言葉としたい。
平成3年11月7日
建設省東北地方建設局
山形工事事務所長
中 山 隆
建設省東北地方建設局
酒田工事事務所長
見 波 潔
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※本ホームページは当時発刊の小冊子「六十里越街道の歴史」の内容を掲載したものです。
※現在は絶版のためお取り扱いすることはできません。 |
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