![]() 七ヶ宿ダムのあゆみ
協定調印、住民の移転 |
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協定調印、住民の移転・・・昭和51(1976)年 5月10日 七ヶ宿ダム工事事務所に名称変更 昭和51(1976)年 12月15日 「七ヶ宿ダムの建設に関する基本計画」告示 昭和54(1979)年 6月29日 一般補償基準〔いっぱんほしょうきじゅん〕発表 地権者に一般補償基準を提示しましたが受け入れられず、協議は困難を極めました。
ダム事業に伴う土地の取得に係る補償及びそれによって通常生じる損失の補償の基準を定めたもののことです。補償金はこの基準に基づき算定されます。
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一般補償協定の調印後、追見、原、渡瀬の3つの集落に住んでいた人たち(158世帯637人)は、ダムに沈む故郷に断腸の思いで別れを告げて移転を開始し、昭和57年にはほとんどの世帯が移転を終えました。 |
![]() 移転先として開発された瀬見原団地
(昭和54年頃) |
![]() 追見地区若木神社にて、故郷で過ごす最後の正月 |
![]() 原地区稲荷神社にて、最後の春祭りののぼりを広げる地区の人たち
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